公園処方箋 ~ 公園を地域コミュニティの健康づくりの拠点に

もしあなたがお医者さんへ行って「あなたは○○○の具合が悪いから、公園へ行ってジョギングを毎日30分、10日間ぐらいしてきてください」という処方箋をもらったら、どんなふうに思いますか?
病気の時にお薬で治すために受け取るのが一般的な処方箋ですが、病気を予防したり、軽い運動で緩和する効果を狙うのが「公園処方箋」です。

公園処方箋ってなんだろう?

例えばメタボ気味の方が「運動不足が体調不良の原因ですね」とお医者さんに言われたとしても、ジムに通うのはお金がかかるし、そもそもひとりで黙々と運動を始めるには相当の覚悟と決心が必要ですね。
でも公園なら何か運動するのは基本的に無料ですし、公園に来る同じ目的の誰かと一緒に運動すれば始めるきっかけができます。もしちゃんとインストラクターがいるジョギングやヨガの教室が公園で開かれれば、より始めやすくなるでしょう。
公園処方箋の仕組みづくりはもともとアメリカで始まりましたが、医師がただ処方箋を発行するだけでなく、こうした公園を中心とした運動を行うコミュニティ活動という受け皿と連動して機能するものだと考えられています。日本では同じ考え方を踏まえながら、より日本のコミュニティに適した形での取り組みがすでに大阪府下の公園で試行されています。
本格的に公園処方箋を導入するにはまだ課題がたくさんありますが、人生100年時代といわれる超高齢化社会では健康寿命をどう伸ばすかが、すでに大きな社会問題になっています。こうした問題へのひとつの答えとして、公園のチカラLABでは、公園処方箋のさまざまな取り組みやメリット、そして課題に注目しました。

公園処方箋による国民医療費の縮減効果

健康のためには少しは身体を動かしたほうがいい・・・それは誰もが思うことですが、では実際にどれくらいのことをやれば適切なのかをしっかり理解できている方はどれくらいいるでしょうか。公園処方箋の意義は軽い運動を公園で行う意味を生活者に伝え、実際に病気になりそうな人を健康の領域に留め、健康寿命を伸ばし、ひいては国の医療費負担の軽減につなげることにあります。
成人の生活習慣病の予防には、以下のような生活習慣や運動を行うことが効果的であるといわれています『健康日本21・(財)健康・体力づくり事業財団より』。

成人に対する対策
  1. 日頃から「散歩」、「早く歩く」、「乗り物やエレベータを使わずに歩くようにする」など意識的に身体を動かしましょう
  2. 1日平均1万歩以上歩くことを目標に
  3. 週2回以上、1回30分以上の息が少しはずむ程度の運動を習慣に
  4. 最初の運動としてはまずウォーキングから

以上の4つの項目は、日常生活の中の通勤・通学などに伴う歩行や労働、家事からスポーツまで、すべての動きを含んでいます。こうした骨格筋の収縮に伴い、安静にしている時よりもたくさんのエネルギー消費を行うことを「身体活動」と言いますが、生活習慣病予防を中心に健康寿命を伸ばすためには日常生活の「身体活動」をベースに考える必要があります。
4つの項目の中で、①と②は万歩計を装着するなどして、個人が意識改革をして取り組むべきかも知れません。③と④などは、公園処方箋をきっかけとして行うことができますが、軽い運動をする習慣が身につけば①や②を継続する意識も高まるという好循環も期待できます。

日本では大阪府を拠点に活動する(一社)公園からの健康づくりネットが、最終的には公園処方箋による医療との連携や、地域コミュニティと企業との連携(注1)を視野に、公園での運動継続支援プログラムの推進に力を入れられています。プログラムにはスロージョギングを中心に、ヨガや太極拳、バレエエクサやリズミックボクシング、テニスなど幅広いメニューが盛り込まれ、健康運動のセミナーとして開催されています。同ネットでは、1年間に4,000回のセミナーを開催すれば2万人が運動習慣を身につけることができ、その場合の国民医療費の縮減効果は年間20億円にのぼると試算しています。
またこうした活動は福岡大学身体活動研究所や(一社)日本スロージョギング協会の学識的な裏付けや監修のもとに運営されており、日常生活や公園での軽い運動を含む「身体活動」を基本に考えた啓発が推進されています。

(注1)地域コミュニティとは公園に関わる市民団体や健康づくりの地域委員などのほか、保健センターの保健指導員などと連携した健康情報の提供などを目指す予定。企業とは健康経営のプログラムにおける社員教育で連携を図り、健康である人々に対して予防はもちろんのこと、健康な時から公園で軽い運動を続ける公園処方箋の普及への取り組みを指します。

学識者コメント
身体活動に関わる研究者の立場から

福岡大学身体活動研究所 所長・スポーツ科学部 教授
檜垣 靖樹 先生

本学の基盤研究機関である身体活動研究所は、スロージョギングを中心に得られた研究成果(エビデンス)を社会にご提供することが使命です。1989年、日本で初めて健康づくりのための運動所要量が厚生省(当時)より発表された際、そして、その後2006年に厚労で策定された生活習慣病を予防するための身体活動量・運動量および体力の基準値「健康づくりのための運動指針 2006」を検討される際にも、我々の研究室の研究成果をご活用いただいています。

公園処方箋は先進的な取り組みですし、実現すれば素晴らしいことです。私たちも日本各地の運動公園や大きな公園で開催される講習会やスポーツイベントなどで直接指導もしていますが、参加者の皆さんからよくいただく質問は「自分の年齢やふだんの体調から考えるとどのくらい運動すれば充分なのか?」です。運動する時間や心拍数など、自分に適した運動強度の目安が分かれば身近な公園に行き、自分で管理しながら実践することもできますが、スロージョギングなどアウトドアでする運動の場合はアドバイスをもらえる場所や機会が分からないことが問題のようです。

最近の公園には中高年向けの健康づくり遊具などが増えてきましたが、このハードの効果を引き出すには適切な運動を指導できる人材育成が各地域でもっと必要でしょう。また公園で行うプログラムも画一的ではなく、木々が豊かな公園は木陰を活かしたヨガなどを、高齢者の多い地域はゆっくりジョギングやウォーキングを楽しむなど、公園の立地条件に合わせたものが望ましいと思います。本格的な運動指導を期待するなら健康・体力づくり事業財団が認定する健康運動指導士のような資格もありますが、公園を健康づくりに活用するという視点で様々な人がかかわり、公園に集まれば、地域独自の健康・スポーツ文化も生まれるかも知れません。

子どもにとっての公園は楽しい遊具があってワクワクする場所だと思いますが、大人へと成長するにつれてそれが薄れます。健康という切り口でイベント開催や運動をサポートする人が公園にいれば、いろんな年代の方がワクワクする場所になるのではないでしょうか。

公園処方箋の仕組みや診療のサイクル

次に公園処方箋が社会に組み入れられる時のあるべき姿をご紹介します。
生活者が公園処方箋に期待することは病気の治癒ではなく、生活習慣病などの“不安”を解消するものなので、相談に訪れる先は身近な存在、つまりかかりつけ医やこれに準じる公的機関などになると考えられます。
一方で医師は薬の処方箋と同じように、一定の期間は運動に取り組んでもらい、その効果がどれほど出たかを看て、“治癒”を判断するか、今後の“治療”方針を検討して新たな処方を提案するなどでひとつのサイクルが完結します。

公園処方箋を受け取った生活者は、まず自分がどのような運動の仕方をすれば効果的か、知る必要があります。ジョギングも1kmあたり7分で走れば立派なランニングですし、10分近くかけるのであれば体脂肪も燃えやすいでしょう。そうした適切な運動強度は年齢や性別、運動履歴などで個別に違ってくることが考えられ、医師による指導も可能だと思いますが、やはり活動の拠点となる身近な公園で指導を受けることができれば始めやすく、継続もしやすくなります。

仕組みとして理想的なのは、各地域の公園でこうしたアクティビティが運営されて、気軽に参加できることです(①アクティビティの運営)。また、これに加えて医療に準じる取り組みとして、公園処方箋を受け取った生活者がそのアクティビティに本当に参加したことが証明されて、適切な指導を受けた上で運動を行ったかを医師が確認できることも必要になってきます(②アクティビティへの参加の証明・記録)。
また、生活者が継続して運動した記録も、スマートフォンや活動量計などを通じてデータを医師が受け取れれば、診療記録としてだけでなく、今後の適切な指導へとつなげることができます(③活動の継続、活動データの記録・保存/診療データ)。
公園処方箋で想定される運動は、体力の増強やタイムなどの記録を目指すものではないので、目標に応じた適切な運動強度のコントロールが鍵となります。それが生活者に明確に分かるようなデバイスやアプリケーションもあると助けになります。
このように、公園処方箋は薬の処方箋と同じく、ひとつの診療のサイクルとして成立させることが社会に組み入れられた時の重要な要件となると考えられます。

公園処方箋の実現への2つの課題

公園処方箋は医療の観点からは「運動処方」と言い、予防と回復のために行われます。例えば術後の歩行訓練やリハビリテーションは機能回復(=回復)になり、診療報酬が認められやすいのですが、公園処方箋で効果を目指すような「予防」に関しては診療報酬が成立しにくいと言われています。
生活者の体質が医師の指導により改善されれば対価が支払われるべきですが、一方で、運動で患者数や国が負担する医療費を抑える意義があるにも関わらず、「予防」による診療報酬が拡大してしまえば、新たな医療費拡大の火種になるという矛盾もはらみかねません。
公園処方箋が成立するための第1の課題は、医師に適切な対価が支払われるかという点と、それが必要以上に膨らみすぎないために、ある程度の改善後は生活者個人で取り組めるように、ここでも継続を支援する地域コミュニティのアクティビティなどの受け皿が必要だと考えられます。
第2の課題は、公園処方箋が医療(=厚生労働省)と公園(=国土交通省)という行政域をまたぐ点にあります。
医療は、そもそも病気になった生活者を治すためにあるので、医療施設やこれに関わる地域のネットワークは充実していますが、予防の観点でもさらに充実を図るために、行政域は違っても公園を活用することは合理的に思えます。
一方で公園は都市公園法に基づいて運営されており、公園処方箋が目指すような健康の維持・生活習慣病などの予防は公益につながるものであり、個々の公園の運営方針では調整が必要かも知れませんが、大きな主旨の部分では問題はないように思われます。
冒頭から指摘するように、公園処方箋の本質は地域コミュニティのあり方なので、国としての行政域は違っていても、各自治体レベルの医師会や地域医療支援センターと公園が何らかの形で連携できれば、仕組みが成立する可能性が高まるのではないかと考えられます。

学識者コメント
かかりつけ医の立場から

東京シーサイドクリニック院長・医学博士・千葉大学非常勤講師
中川 敬一先生

公園処方箋は意義深いですし、公園での運動による健康づくりは生活習慣病や心筋梗塞などの予防に貢献するでしょう。また運動だけでなく、散歩や森林浴などのリラクゼーション効果も大きいと思います。特に私どものような都心にあるクリニックは大きなストレスを抱え、それが体調悪化の原因や背景になっている患者さんは多いので効果的だと思います。どれだけリラックスしたから体調が良化したなどの因果関係はカルテには残しにくいという側面はありますが、公園が“いたい場所”になれるよう新たな価値提案も社会に対してできると思います。

かかりつけ医の立場で課題をあげるならば、やはり医療の現場にどのように普及させるかという点が重要だと思います。公園処方箋を診療報酬として処理するのは難しいですが、公園処方箋を処方する医師側にもメリットは必要です。
代替のアイディアとしては、公園処方箋が基本方針を示す意見書という位置づけであれば実現の可能性があるかも知れません。介護保険の認定時に必要な介護意見書と同じく、診療報酬として算定するのではなく、市区町村へ直接請求するような形ですね。ただし、これには公園処方箋に基づいて適切な運動を指導してくれるサポートスタッフが公園にいるということが大前提になります。意見書はあくまでも方針を示すものなので、これを実践するサポートがないと、何度も意見書を発行することになって費用がかさみます。

市区町村単位で考えれば、地域企業などの協力を得て基金などを創設して、公園処方箋の発行費用に充てることも考えられます。あるいは市民への無料健康診断の提供と同じく、地域の健康づくりの福祉施策として公園での利活用を含めて包括的に検討してもいいかもしれません。
そう考えると、やはり公園処方箋は地域コミュニティで取り組んで、地域特性に応じた仕組みづくりをしていくべきものだと思います。

最後に

公園は子どもが遊び、育つ場として重要ですが、コミュニティの中で地域の特性に応じた役割りを担うことが考えられます。最近は都市公園法が改正されて保育園やカフェなどが建設・運営されるなど、公園のあり方や機能もより多様化してきました。
地域として人生100年時代をどう捉えて、健康寿命を伸ばして活き活きとした地域づくりを考えていく中で、昔からラジオ体操の会場になっている公園が多いように、健康づくりと公園は結びつきやすいキーワードです。
行政だけでなく、地域住民や企業としても、公園処方箋という仕組みを通して公園を健康づくりの拠点のひとつとして、地域のあり方や姿を考えていく価値が大いにあるのではないでしょうか。

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